表現の自由と言葉の暴力


表現の自由と言葉の暴力最近めっきり涙もろくなってきました。
心理アートコンサルタント 北薗明美です。

先日、みのもんたさんがテレビで亡き奥様との想いを語っているのを見て涙が止まらなかった。

『生きている時は苦労ばかりかけてしまった』
亡くなって一緒にいたくて仕方なくて、外呑みはほとんどしなくなった。
生きてる時は、あんなに待たせたのに…

本当にかけがえのない人だからこそ、後になって
『あの時…』という想いが募る。

私の父も最後の言葉になったのは、母に
『今度生まれ変わっても俺と結婚したいか?』
『俺はお前が良いな』

その時は、これが最後の言葉となるなんて思いもしないので、母は
『急に何言ってんの?』と相手にしなかった。

しかし。葬儀の時に母が泣き崩れて言った。
『生まれ変わってもあんたと一緒になりたい』と。

あんな母は初めて見ました。

表現の自由

表現の自由

だけど、その時に思った。
その時に伝えなければ、いつまでもこころに残る。

そして、今の世の中とっても便利になったのは良いが
肝心なコミュニケーションまでもがデジタル。

お陰で、相手に気持ちを伝えるのがとても下手になっていると思う。

もちろん、私も電話を掛けるよりも便利なmailが増えた。
電話を掛けるのもすごく考えてしまう。
何か、よほど急用がない限り気構えてしまう私がいる。

少し前は、携帯もなくて家電話しかなかった時代をほとんどの人が経験している。
あの頃の私は、当時お付き合いしてた彼からの電話を待っているのに
妹や弟に電話を取られて凄いケンカをした覚えがある。

今は、伝える手段が多彩になればなるほど、億劫にならずに
気持ちを表現してほしいと思います。

先日お客様がこんなことを言ってた。
ご本人の許可を頂きご紹介しますね。

ある日、自分にとって親友と思っていた人のfacebookを見つけた。
私は、web系は苦手なのでやっていないから全くやっていることも知らなかった。

何気なく見ていたら、私のことを誹謗中傷するようなことが書いていた。
とにかくショックで私のことをそんな風に思っているんだと。

だけど、こう考えました。
私に本当はこのことが言いたいのに言わせてあげられなかった私も悪いね。

きっと、書くことで相手に言ったぐらいスッキリしたのなら
それもありかなって思うようになった。

こんな、発想は私の中では全くなかった。
なぜ、そう思うようになったのか。
本気で人は人。自分は自分。
そう思えるようにようやくなった。

自信に変わるプログラムを体験頂いた Kさん。
私は、Kさんをコンサルしていて一番感じたのは凄い憤りを感じた。

言動の自由だといえばそれまでだけど、あまりにも無法地帯になり過ぎている。
表現の自由と言葉の暴力は大きく違うからね。
想いを伝えること。
思っていることを言うこと。

これは、似ているようでまるで違う。

全ての人が、言いたいことを言いあえばどうなる?
いくら、ありのままでいいと言ってもやりたいことをやり放題ならどうなる?

もう少し、自分の言動に思いやりを添えてほしいね。
他人を批判する人は、人からの批判を何倍にもして返す。

だから、批判に敏感なんだと思う。

同じ表現をするにしても、相手を前にしてお互いの感情をぶつけ合う方が
伝わるのは、言うまでもない。

しかし、ぶつかり合うことで何が起きるか。

自分をさらけ出し、傷付くことになるケースが多い。

だが、ダメージだけではないお互いが分かりあうことや
心和むこともたくさんある。

私は、もっと恐れずに相手に伝えること、表現することは言って欲しいと思う。
そうすることで、もっとこころ穏やかに生きれるのではないかと思うから。

一歩踏み込んだ行動こそが、あなたを変えますよ。


 

お得な情報はメルマガ登録より発信してます。

良かったらポチッと応援してくださいね。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ
にほんブログ村

カテゴリー: BLOG タグ: , , , パーマリンク